慶尚南道

安羅伽耶の王都・咸安の城山山城の築城主体が新羅だった件

▲城山山城遠望 城ガール隊のOgiさんと一緒に慶尚南道咸安郡の城山山城を訪ねました。城山山城は周長1400mの石築山城で、大量の木簡が出土した城として知られています。 慶南咸安の城山山城などは当初は安羅国の王宮とそれを守る城だと思われていたが、一九九一年からの発掘調査の結果、大量の木簡が出土し、六世紀に新羅がこの地域に進出した時、支配拠点として築いた城とわかった好例である。城山山城では新羅の城壁工 […]

半島系タイプ?彦陽邑城で見た矢穴痕

蔚山左兵営城を訪れた翌日、倭城研究家の堀口健弐氏と高橋圭也氏と一緒に彦陽邑城を訪れました。 ▲彦陽邑城復元ジオラマ蔚山博物館2016特別展「蔚山의城郭」展示品) 国内では珍しく平地に正方形に築き上げた城である。三国時代から土で築いた土城はあったが、石によるものは1500年(朝鮮燕山君6年)に初めて築かれた。壬辰倭乱(文禄・慶長の役)の時に崩壊したものを1617年(朝鮮光海君9年)に再築城した。 城 […]

韓国三大◯◯がある密陽邑城と密陽市立博物館

密陽邑城を見学するため、城郭研究家の堀口健弐先生と慶尚南道密陽市を訪れました。 天正20年(1592年)4月12日、釜山上陸を果たした小西行長・宗義智らは、釜山鎮の戦い・多大鎮の戦い(4月13日)東莱城の戦い(4月14日)鵲院関の戦い(4月17日)で勝利を収め、18日に密陽邑城に入ったといわれています。 釜山西部市外バスターミナルから密陽市外バスターミナルまで一時間。さらに、密陽市外バスターミナル […]