イムジン河沿いの城を訪ねて①堂浦城

「イムジン河 水清く〜♪」 ブログのタイトルを見て、あの名曲を思い浮かべた方もいらっしゃるのではないでしょうか? フォーク・クルセダーズの「イムジン河」は、北緯38度線で分断された朝鮮半島の哀しみを歌った曲(原曲は北朝鮮のプロパガンダ曲)です。 イムジン河は、正しくは臨津江(韓国語読みイムジンガン、朝鮮語読みリムジンガン)といい、韓国と北朝鮮の南北軍事境界線の南を流れる川です。先週、その臨津江沿い […]

韓国の蔚山市でポケモンGOをプレイした結果

私が住んでいる釜山広域市には、ポケモンが生息していません。 ポケモンGOの地図データはGoogleMapを利用しているらしいのですが、韓国政府がGoogleMapを許可していないため、プレイ出来ないのです。 が! 束草市と蔚山広域市の限られた地域にポケモンが生息しているという噂を聞きました。そこで、噂の真相を確かめるべく、蔚山広域市蔚州郡西生面に行ってきました。西生面は、韓国で一番最初に日が昇ると […]

本場・韓国の朝鮮式山城は凄かった②三年山城

鶏足山城見学の翌日。 大田市外バスターミナルからバスに揺られて約一時間半。三年山城の近くにある報恩市外バスターミナルに到着。想像通りのどかな町で、バスターミナルも簡素なものでした。バスターミナルを出てタクシーに乗ること約10分。西門に到着。 西門を入ったところにガイダンス施設があり、お願いすると、ボランティアガイドさんに案内してもらえるようです。また、ここでパンフレットをいただくことができました。 […]

本場・韓国の朝鮮式山城は凄かった①鶏足山城

天智天皇2年(663)倭・百済連合軍は、白村江の戦いで唐・新羅連合軍に敗北。その後、中大兄皇子は、唐・新羅連合軍の侵攻に備え、北部九州から瀬戸内海にかけて城を築かせました(『日本書紀』)。その築城には百済の将軍たちが携わっており、それらの城は現在、朝鮮式山城と呼ばれています。 そんな朝鮮式山城のルーツを求めて、古代山城マニアの方々が絶賛する三年山城を訪れました。その前日、大田広域市の鶏足山城を訪れ […]

角石の重ね積み〜韓国の城と石垣技術レポート

日本城郭研究センターで行われた文化財石垣保存技術協議会技能者養成研修公開講座「韓国の城と石垣技術」に参加し、城郭石垣を得意とする先生方のお話を拝聴しました。 赤司善彦先生は「九州の古代山城とその石垣技術-大野城跡の調査成果を中心に-」と題し、大野城を中心とした九州の古代山城、古墳の他、百済の都・扶余の城や王宮里遺跡を紹介されました。 太田秀春先生は「韓国城郭史のなかの日本城郭-石垣の意義-」と題し […]

南海岸倭城観光ベルト本格始動

KNN企画報道「危機の倭城」が放送された後、釜山、慶南地域地方自治体を中心に、倭城保存に対する動きが本格化しています。一番最初に行動に出たのが慶南昌原市です。 一部倭城に対する緊急実態調査をすでに終わらせました。ひとまず、崩壊危険がある所から来年度予算に反映することになりました。 昌原市は、倭城に対する長期ビジョンに対しても本格的な検討作業に着手しました。核心は、南海岸倭城を一つにまとめて観光ベル […]

【危機の倭城7】第一回から第六回を振り返って

KNN企画報道「危機の倭城」シリーズ最終回は、まとめ。 番組アナウンサーと取材にあたった記者のトークがメインとなっています。話は「倭城は日帝残滓なのか」というデリケートなところにまで及んでいます。 倭城は「日本の武将が朝鮮半島に築いた日本式城郭」ですが、実はその前後に歴史を持つ倭城も数多くあります。 前回のニュース【危機の倭城6】で登場した熊川邑城は、熊川倭城の支城として利用されたといわれています […]

【危機の倭城6】見られたら保存できる

KNN企画報道「危機の倭城」シリーズ第六回は、城の保存と活用について。 ニュースでは、年間140万人が訪れる順天市の楽安邑城は、城が文化資源としてどれだけ潜在能力を持つのかを見せつける好例として紹介しています。また近年、一部が復元された昌原市の熊川邑城も好例として紹介しています。それらと、どこにあるのかすら分からな明洞城を比べ「(私たちの)朝鮮時代の城は復元事業が行われているが、倭城はそのような状 […]

【危機の倭城5】ここが倭城?どこの誰も分からない

KNN企画報道「危機の倭城」シリーズ、第五回は熊川城特集。 山頂部は(問題を抱えつつも)遺構の残りは良いですが、ここの面積は、熊川城全体の20〜30%に過ぎません。では、山麓部はどのようになっているのでしょうか。 このブログでは、熊川城研究の歴史を見ていきます。 1976年、戦後初の倭城踏査を行った倭城址研究会(와조시 켄큐카이)のメンバー・本田昇氏(혼다 노보루)が、縄張図を作成されています。 […]

【危機の倭城4】めちゃくちゃ復元、石垣積んだか?

KNN企画報道「危機の倭城」シリーズ第四回は、泗川城特集。 順天城は先を見据えた復元をしているのに対し、泗川城は誤った復元をしてしまったため、史跡としての価値が著しく低下してしまいました。さらに、めちゃくちゃに積んだ石垣の一部は、すでに崩壊が始まっています。 姫路城を参考に復元された門。瓦には、池田輝政の家紋・揚羽蝶が。池田輝政は、泗川城とは縁も所縁もありません。 こちらは天守台。特に隅石が不自然 […]

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