【韓国古代山城ツアー2018後編】弾琴台土城・温達山城・赤城・赤城碑・中原高句麗碑

【韓国古代山城ツアー2018後編】弾琴台土城・温達山城・赤城・赤城碑・中原高句麗碑

韓国古代山城ツアーの備忘録・後編です。前編はこちら。

【韓国古代山城ツアー2018前編】井北洞土城・父母山城・三年山城・姑母山城

忠州弾琴台土城

三日目。
この日は、ホテルの朝食ビュッフェでスタート。チェックアウト後、忠州に向かいました。
最初に訪れたのは、弾琴台土城。ここは古代の城であり、1592年4月28日、小西行長率いる日本軍と申砬(シンリプ)率いる朝鮮軍が激戦を繰り広げた古戦場でもあります。

弾琴台に立つ申砬将軍像(上)
申砬はここから身を投げたと伝わる

日本軍に追い詰められた申砬は、南漢江に身を投げて自殺しました。
弾琴台土城を散策後、忠州高句麗碑展示館へ向かいました。

忠州高句麗碑展示館・忠州博物館

中原高句麗碑

こちらで展示されている中原高句麗碑は、高句麗史上、最大版図を広げた長寿王の時代のものとされています。今回の企画は古代山城ツアーでしたので、古代史を語る上で欠かせない、この石碑の見学を行程に入れさせていただきました。

高句麗最盛期の西暦476年頃の勢力図(温達展示館より)

この後、忠州博物館を鑑賞しました。野外展示が充実しており、中でも8世紀後半〜9世紀初頭のものとされる高さ14.5mの石塔・中原塔坪里七層石塔(中央塔)は一見の価値ありです。

中原塔坪里七層石塔

お昼は、博物館の近くにあったマッククス(韓国式そば)専門店・メミルマダンへ。平日でしたが、多くのお客さんで混み合っていました(博物館はガラガラでした)。

ムルマッククス

食後、丹陽郡へと向かいました。

丹陽温達山城・温達観光地

温達山城は、海抜427mの城山に築かれた山城で、高句麗の将軍・温達(オンダル)ゆかりの城と伝わっています。ただし、その構造は新羅山城の特徴を持っています。

温達山城

温達山城の麓には、時代劇セットのテーマパーク「温達観光地」があります。
ソン・イルグクが高句麗第3代王大武神王を演じた『風の国』、ペ・ヨンジュンが広開土王を演じた『太王四神記』、イ・テゴンが淵蓋蘇文を演じた『淵蓋蘇文』など、多くの時代劇ドラマの撮影がここで行われています。多くの建物が立ち並び、韓国ドラマ通の方なら「あのシーンに出てきたところだ!」と分かるかもしれません。

温達観光地

また、最近出来たという温達歴史館では、高句麗の歴史と温達伝説を学ぶことができます。

温達歴史館の前に立つ温達将軍像

この日は、にんにくの産地として有名な丹陽に泊まりました。


市場には、にんにく定食、にんにくスンデ、にんにくマンドゥなど、にんにくを売りにしているお店が数多くありました。私たちは、にんにくチキンのお店・パルギョンマヌルトンタクでにんにくチキンを食べました。

チキンを食べた後、コンビニでマッコリを買い込み、部屋飲みをしました。

丹陽赤城・丹陽新羅赤城碑

四日目、最終日。
朝は早めにチェックアウトし、丹陽サービスエリアへと向かいました。朝食はサービスエリアで済ませました。


数あるサービスエリアの中で、なぜ丹陽サービスエリアに立ち寄ったかといいますと、ここに古代山城・赤城があるからです。

サービスエリアから見た赤城

赤城は、海抜323mの城山にある山城で、城内には赤城碑があります。

南門(ドローンで撮影)

赤城碑は、弱小国だった新羅の版図を一気に拡大した真興王に関する石碑で、1978年に発見されました。発見されるまで地中に眠っていたため摩耗が少なく、1400年経った今でも、ある程度判読可能です。碑文の中にある「武力」の二文字は、新羅の名将・金庾信(ユシン)の祖父・金武力のことだといわれているそうです(※古代山城研究会代表・向井一雄先生ご教示による)。

丹陽新羅赤城碑
真興王時代(576年ごろ)の勢力図。赤線が赤城碑(国立中央博物館より)

赤城見学後、仁川空港へ。空港で昼食をとり、それぞれ帰路につきました。天候に恵まれた四日間でした。

今回「韓国古代山城ツアー」として企画しましたが、実質「忠清北道お城ツアー~新羅山城を中心に~」となりました。次回は「忠清南道お城ツアー~百済山城を中心に~」を企画したいと思っています。